(031) 2005/05/05 川崎さんの山歩き写記。
お早うございます。
如何お過ごしでしょうか?
最近の早朝散歩では奥様と遇いませんがお元気でしょうか?私の平素は変化の無い生活でチャンスが有れば飽きずに山歩をしています。従い、私の近況は山歩き情報のみなので最近家族が揃って(愛犬同伴)出掛けた渓流巡り(三ヶ所)の写真を分割して送信します。
Itarareの谷歩き(パラナのPonta Grossa市行き街道のParana州境の街) 旅行ガイドには小さく紹介されるのみですがツアー関係者には知られた穴場的観光地です。子供の友人を含む六人の総勢で当地の谷巡りをしながら年末・年始を過ごしました。此処の観光ポントは、谷奥の川の源流まで山歩きした後、渓流、滝、自然プールやキャニオン観光を楽しみながら川下りをします。日を変えながら幾つか在る谷巡りを楽しみましたが、谷奥近くまでは自分の車にガイドを乗せての移動しますが悪路の為に車が傷むので街の貸車を利用。
日焼けするほどの暑い日だったので 清流での水泳は気持ち良かったし他に観光者が居なかったのでこんな大きな滝を独り占め。この滝壺近くは浅い砂地なので寝ながら落下する滝の水を見上げると言う初めての 経験。 ガイドの案内で滝の裏廻りも楽しめました。
綺麗な滝1,2
滝浴び:自然の泡風呂(?)、注意しないと水勢で水泳パンツが剥がされます。 山歩きで火照った体を清流の泡でマッサージ。
キャニオン: 何時までも谷底の自然を守って欲しいものです。
落差108mの滝:当地の観光ポントの一つ。 廻りは全て断崖絶壁のキャニオンなので 広大な谷底は環境保護の為に進入禁止。色々な野生動物が生息しているそうです。
次の谷に移動: この滝壺で水泳をした後、直射日光に焼かれながら別の谷に移動。
Itarareの街は人口5万人で サンパウロから約300kmで道路は途中まで複線だしその後の道路も立派なので楽な運転が出来ました。この町から東南70kmにApiai(洞窟観光の中心地)が在るのでその内チャンスが有れば。。。。
Carrancasのバスツアー(ミナス州Fernao Dias街道近くのLavras市から70kmの小さな町)
3月のパスコア祝日を利用した三泊四日のバスツアーに参加して訪問。Fernao Dias街道から
carrancasまでは舗装路の保守が悪く穴だらけで深夜移動する大型バスは寝れないほどに大揺れ。サンパウロから約400kmのこの地方には 広範囲に渡り谷が幾つも散在しており前回のItarareと同様に一日の行程で各谷の自然プール、渓流、洞窟や滝がを楽しめます。
「写真説明」
Carrancasの町: 教会を中心とした小さな町。 谷巡りの中心地。
エメラルド: 名の通りにエメラルド色の美しい自然プール。 此処まで来るには車と山道歩きで2時間ほど掛かります。
清流: 洞窟(GloboのTV番組アメリカに利用された)の清流、冷たいので多数の人が水に入らず。
川の横断: 山歩き途中に川を横断。 皆さん喜々として渡っていました。
川の遡上1,2: 左上が町で 此処の水を上水に利用。 川底は全てが岩で滑らかなので裸足で水中を遡上する事も出来ました。
Santa Rita de Jacutingaの谷歩き(Volta Redonda市からミナス州に入ってすぐの町)
病み付きになったのか4月のTiradentes祝日を利用して三泊四日で再度の渓流遊びと滝見物の為に当地を訪問。観光ガイドでは未紹介ですがこの町周辺に流れる三つの川は水量が多くて滝や急流が至る所に在るので Rafting(大型ゴムボートで急流下り)、Canoagem、Cascading(ロープを伝って滝下り)、等でシーズンには観光客で賑わうそうです。
途中、電話局工事で懐かしいV.Redonda局の前を30年振りに通りましたが局の建物を見付け出す事も出来ずに通過して終いました。
爽快な山歩き: 実に爽快な山歩きでした。 だからハマッテしまうのでしょうね
橋: 一本の丸太と竹で出来た単純明快な橋。
渓流の名所: 50mは有る岩壁の間を流れ出る清流は 当地の観光ポイントの一つでGloboも取材に来たそうです。 冷たくて強い水流に逆らって何とか奥まで泳ぎ着きました。 暖かい日光の下で 奥の岩に座って近くに流れ落ちて来る急流を眺めていると 何か別天地に居る様でした。
Cascading: 落差90mの大滝、私は滝の下で水泳しながら娘二人のCascadingを見物。
快適: 川底に立っているので 大変な水圧に流されない様に注意しながらの全身マッサージ。実に快適! だから渓流巡りは辞められません。
鱒料理レストラン: ペイ出来るの(?)と心配する程、山奥に隔離されてこのレストランが一軒のみ。 自分の食べる分は自分で釣るシステムなので 入れ食い状態で釣った魚を渡してフライやバター焼きに料理して呉れるのを待つている所。
(032) 2005/07/02 2005年7月2日-3日のサンパウロ七夕祭り。
7月2日3日東洋街で2005年の七夕祭りが催されました。
日系人だけでなくブラジル人も沢山来ていました。
(033) 2005/08/08 皆川 雄さんが2005/5月~6月に訪日されました。
2005年5月~6月
日本の旅 皆川 雄
水郷潮来のあやめまつり
万博の感想。
↓ リニモ。レールの無い電車です。静かで大変乗り心地は良いのですが、全自動とゆうのが気に入りません。全自動、エレトロニクスと言ってますが、それに慣れてしまった人間がこの前の107人の死者を出した電車事故の時みたいに、いざ人間性が必要になった時人間として十分働けない人が多く、あげく 自動停車装置が無かったとか、何でもかんでも機械のせいにして、人が機械を使うのではなくて、機械に使われている様です。
↓ これはトヨタ館に入る為に待っている人達の列。
我々も三時間半待って漸く入れました。見物は三十分そこそこでした。
↓ トヨタ館の中は写真撮影禁止なので
館を出て直ぐに展示された物の前で撮影が出来た。
↓ 万華鏡 これはちょっとした映画館みたいな大きさの天井いっぱいに万華鏡が写されて、床は大きな鏡になってます。上を見るのは首が痛くなって出来ないので、皆んな、床に写ったものを見たり写真に撮ったりしてました。
↓ 偶の帰郷の感想をひとつ。同級生と言っても小学校の同級生となると話が違います。数えで云えば八つ、満で六つと七つの時から中学校の三年まで九年間一緒に学んだ仲です。親兄弟爺さん婆さんとお互いの家族全部を知っている仲です。温泉に入り浴衣がけで座敷であの日本式の宴会をやる。何とも言いようの無い気分でした。
↓ 古里 会津は盆地で山に囲まれてます。磐梯山は有名ですが、飯豊山は我々にとっては霊山だったみたいです。終戦迄は兵隊検査前の少年が一週間ぐらい村の神社に籠もり水垢離をして身を清め飯豊山参りをしたのを微かに覚えてます。我々が学校に行くようになる頃からは、その習慣も無くなってしまいました。団子さし前後の鳥追いも無くなってしまいました。今の子供達は我々より大変優秀ですが、私達がやった色々な行事や遊びをしなくなった様で寂しい限りです。
↓ さらに懐かしの鶴が城跡へ行って、戦後暫らく競輪場だった跡に行って見ました。今はお城を造って昔の面影は在りませんが、過って市の財政を助けたとはいえ、競輪に因る悲惨な家庭を見ました。我々子供には良い反面教師となりました。
↓又 飯盛山の白虎隊士の墓参りも小学校一年生の時の遠足いらいでした。五十何年振りでした。
↓ 戸ノ口堰洞穴
↓ 道端で見たもの
(034) 2005/09/15 川崎さんのAgulhas Negras峰登頂写真。
長年願望してたAgulhas Negras峰を先月末登頂、その時の写真を送信します。
Agulhas Negrasの名の由来は 長年の強風雨(雪も)に晒された岩壁の岩肌が尖った針の様な模様をしているので名付けられたそうです。同山には70年代に山男の牟田、中村氏が登山。今回はガイドのサポートを受けながら私が何とか目的を果たしました。
頂上の岩壁群は長年の風雨で少しずつ瓦解し、岩壁の間に大きな落石として積み重なっていて、その落石を潜ったり登り越えたり、危険な傾斜の岩場を凸凹に掴まりながら這い上がったり、ガイドからロープで引上げて貰ったりしながら250m程真直ぐに登るのが登山コースでしたが、下から岩壁を望むととてもそんな事が出来そうにない厳しい山姿でした。
落石群を登り切りそこから主峰の岸壁に取り付き、30m程岩にしがみ付きながら這い登るとそこが山頂でした。この山は踏破ではなく征服すると言う言葉がピッタリの山で私の様な年寄りには危険極まりない山でした。しかし、長年の願望が果たせて爽快な気分で一杯です。
山頂は10x4m程の広さで5m程隔てて別の岩場がありガイドが準備したロープを命綱を付けてTirolesaで渡って鉄の箱の中に用意されたノートに名前を登録するのですが冷たい小雨交じりの強風で体温は奪われるし、遠雷は鳴るしで向うに渡る気力は無くて断念。下山は案ずるより易しでお尻を利用して楽に下山。
写真説明:↓ 厳しい登り: ガイドは慣れたもので手を使わずに登り降り。
↓ 頂上直下の難所: 山頂の岩壁に取り付いて30m程登ると山頂。
↓ 山頂: ロープの先の岩場に鉄箱がある。 その岩場の写真は山頂隣の突起岩。
↓ 山頂隣の突起岩
↓ 頂上からの遠景-1
↓ 頂上からの遠景-2
↓ 頂上からの遠景-3 Prateleiras峰(2500m)方面。
↓ Rafting: 苦労して登った頂上近くの岩壁をロープを使って楽に下る。
↓ 岩壁を下山: 手掛かりを探しながらほぼ垂直に岩壁の間の落石群を登り降り。
↓ 登頂に満足: 登頂成功! ここから山頂迄は約2時間の登り。
(035) 2005/11/03 田中さんの息子さんが高木宅さん訪問
2005年10月 Fortaleza Seara
田中さんの息子さんがブラジル東北地方へ旅行された時高木さんを訪問されて写真を撮ってこられました。
尚、高木さんの新住所は次の所です。
Rua Dr. Joaquim Frota, 1175 Alagadiço Novo CEP: 60833-430 Fortaleza, Ceara.
Tel: (85) 3239-2580