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昭和四十三年(1968年)十月三十一日発行の週刊現代 表紙と裏

   初任給十九万八千円につられた七十余名の男達 ???

 

昭和四十三年十月三十一日発行の週刊現代の記事、(1968年)秋晴れの一日、羽田に二人の男が降り立った。ブラジルからきた一人の外人と、一人の日本人。搭乗者名簿に

 

よると、外人はモライス・ブラーガ、日本人は稲川恵一という名前である。「ミスター稲川、きみのような腕のある日本人が、うまく集まるだろうか」 「関係方面には手を打ってあ

 

ります。こちらの条件は好条件ですし、きっと大丈夫ですよ」ホテルに向かう車のなかで、二人はこんな会話をかわした。(以下全文は他のページで紹介)かくして、運命の

 

扉が叩かれ、我々七十余名がこの若々しい池内淳子に見送られ、遙々この地ブラジルに到着しスタンダード.エレートリカ社に入社してから早や五十余年が過ぎようとしています。いろん

 

な事が有りましたが、今となっては懐かしいことばかり、そこでこのシミのついた週刊誌の表紙を見ながら我々の過去を振り返り、又現在を見、将来を楽しもうではありませんか。

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1969年 当時のスタンダード・エレートリカ社(リオデジャネイロ)に七十余名の若き電話技術者達が遙々日本から地球の反対側のブラジルへ夢と希望を抱いてやって来て、この会社に入社した!!

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