top of page
​現在のグワルーリョスの街 2024年の人口は1.291.784人
現在のグアルーリョス2024.5.9.jpg

 1973年にリオのスタンダード・エレートリカ社からグワルーリョスに進出して来たブラジル日本電気NECに転社して、グワルーリョス市内に住居を購入して住むようになりました。
 当時グワルーリョスはESCONDERIJO DE BANDIDOS(悪人達の隠れ場所)と言われていた街で、リオの街にグワルーリョスのナンバーを付けた自動車を乗り回すには気が引けたものでした。
​ 1970年代のグワルーリョスの人口は236.811人でサンパウロ州の他の街と同様の田舎の街で、ドゥトラ街道から陸橋を渡って街に入り坂道を丘の上の方に登っていくと、丘の上にCCatedral Nossa Senhola da Conceiçãoがあった。

Catedral Nossa Senhora da Conceição  Guarulhos, SP.jpg
 このCatedralの前の広場から続くRua Dom Pedro II が当時の街のセントロで買い物客で賑わっていた。
Rua Dom Pedro II. Decada de 1970-1.jpg
​現在のRua Dom Pdro ll 奥の方にCatedralが見える。(2024年)
Rua Dom Pedro ll.jpg
 Catedralの前の広場から左に続くRua CAP Gabriel をしばらく行くと Praça Predidente Getúlio Vargas。に出る、そこの広場に当時グワルーリョス唯一の高いビルが建っていた。
 今はグワルーリョスには無数のビルが建っているが当時はこのビルだけであった。
praca getulio vargas-1.jpg
 1973年グワルーリョスに住み出したころ、町のセントロには懐かしい昭和初期に戻ったような雰囲気の床屋さんが有って日系二世の鴨崎さんが経営していました。奥さんは日本舞踊の先生でした。この床屋さんには私が2006年にサンパウロ市内に転居するまでお世話になりました。鴨崎さんはフットボールの審判もやっていて毎週あちこちから呼ばれて忙しい生活のようでした。グワルーリョスに来た頃は鴨崎さんから色々とブラジルの話を聞き非常に勉強になりました。今はこの床屋さんがあった当時のセントロ Rua Dom Pedro II 近辺はすっかり変わっていてその頃の面影はありません。
​昭和初期に戻った様な床屋さん、鴨崎さんとお客さん達。
鴨田さん.jpg
kamozaki-2_edited.jpg
1973年頃乗っていた車パッサッテ。NECに入った初期この車で週末になると400キロもあるリオへ帰っていたものである。
dc012913.jpg
2004年頃乗っていた車サンターナ
当時乗っていた車2004.5-2.jpg
bottom of page