我が思い出の歌
思い出の歌 『影を慕いて』。 小池庸夫。
それは息子の大学入試の始まる一週間前の出来事だった。私達夫婦は妻の里であるRibeirão Preto市へお盆の墓参りに訪れていた。義姉宅にくつろいでいた夕刻、突然サンパウロの次女から電話があり今すぐ帰ってきてくれ、猛が突然倒れUTIに入院したという。取るものも取りあえず長女の運転する車でサンパウロに引き返す。直接病院へ駆けつけたところ、脳内出血、脳内の血管が破裂、九分九厘の脳死状態だという。
6日間のUTI、手の施す術もなくついに帰らぬ人となってしまった。この世に生を受け僅か19歳で帰らぬ人に……。19歳まで一生懸命育て上げ大学試験に合格してくれたならもう何も望むことはない……と思っていた矢先に不幸は突然やってきた。打ちひしがれてただただ悲しみの中に身をおいて日々を過ごしていた。
そんな時、長女が結婚式を挙げたいと言う。この世に神仏があるならばどうして!! どうして!!こんな試練を我が身にあたえたのであろうか…… そういう私を見かねて長女が元気付けのつもりであろう「亡くなった息子だけがPAI、MAEの子供ではない。私達だってたとえ娘であろうとも子供に変わりはない」と諭された。
まだそんなお祝い事などする気にはなれない時期であったけれど、娘の言葉の重さに気づかされて結婚式を挙げる。最初に黙祷をお願いする、おそらく黙祷から始まった結婚式は他に例のないことであろうか。
お祝いもたけなわ、互いに好きなことをやり始め「小池、お前も何か一つ歌え」ということになり、止む無く涙ながらに歌ったのは古賀メロディーの名曲『影を慕いて』だった。息子を偲んで「まぼろしの 影を慕いて雨に日に月にやるせぬ わが想い……」と歌う私の顔に涙がとめどなく流れていた。